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南インドへの旅
プロローグ
旅程
1995年
8月28日
移動
マドラス空港到着
8月29日
マドラス空港で夜明かし
まだまだ移動
8月30日
8月31日
9月 1日
9月 2日
9月 3日
9月 4日
9月 5日
9月 6日
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「どういうことでインドに結婚式で行ったの?」「日本人がインド人と結婚したの?」 よく聞かれる質問。
これまでは面倒くさいので留学生の結婚式によばれたとだけ言っていましたが、正確には少し違う。今回の旅行はツアーではないので、いろんな人が登場して複雑かもしれないし、この際、これまでのいきさつを説明しておこうと思います。
背景はどうでもいいと言う方は次のページに進んで旅を始めてくださいね。 旅をスタートする。
遡れば、インドから地元の国立大学に留学していたログさんと知合ったことに始まります。
留学中に彼は結婚し、インドからお嫁さん(セルヴィさん)を連れてきました。結婚式の写真を見せてくださいよとお願いすると、快くアパートに招いてくれ、インド料理をいただきながらたくさんの写真を見せてくれました。
セルヴィさんはログさんの姪だったの。姪と結婚できるはずはないので、最初は日本語を間違っているのかと思っていたら、本当に姪だった。インドでは姪と叔父が結婚してもいいのだそうです。ログさんのお姉さんの子供で、生まれたときから結婚が決められていたとか。許婚(いいなずけ)っちゅうやつやね。
お礼に今度はうちへ招待することになり、食事をしながら私の家族も交えていろんな話をしました。彼らは半年後にインドに帰るというので、調子に乗った父が、帰るとき一緒にインドに連れて行ってくれと言うと、ログさんは行きましょう、と答えていました。
そして半年後、ログさんから電話があり、アメリカに研究の仕事が見つかったので、インドに帰らずアメリカに行くことになった、インドには連れて行けなくなりました、すみませんと律儀な連絡があり、2人はアメリカへ旅立っていきました。
それから4年後の94年。アメリカのログさんから突然手紙が届き、今度セルヴィさんの兄(カンナンさん)が結婚をするのでインドに帰るから一緒に行きませんか、約束を果たしたいと、驚くような申し出をいただきました。
おそらく言った本人は忘れているだろうに、なんという律儀さ。アメリカから大阪経由で往復するから大阪から同じ便を予約してくれさえしたらあとは面倒をみる、ただしその間およそ1ヵ月ということでした。すると本当に父が行くと言い出し、私は1ヵ月も休めないし、父だけ連れて行ってもらうことになったのです。
現地では大変よくしていただき、家族のように暮らし、1ヵ月後、体調を崩すこともなく元気で帰ってきたのです。どこへ行っても「つまらんかった」と言う父が、延々とインドの話をするのにも驚かされたのでした。
結婚したカンナンさんもまたこちらの大学に留学していましたが、お嫁さん(サンジュさん)が来て3ヵ月後、急にアメリカに仕事が決まって、これまた2人で旅立っていきました。
そして翌年の1995年春。今度はセルヴィさんとカンナンさんたちの末の妹(彼らは5人きょうだい)、インドのアナンティから父に手紙が届きました。9月に結婚することになったので、どうしても来て欲しいというのです。アナンティは前年父の世話をとてもよくしてくれたのだそうです。皆さんで来てください、please, pleaseとまた届く。そんなに言ってくださるのはありがたいと私や母も重い腰を上げ、とうとう今度は両親と私の3人でインドに行くことになったのです。
そんな訳でインドへ旅立つことになりました。
私の休みの関係と飛行機の関係(日本からの直行便はまだなかったし、大阪からは毎日飛んでいなかった)、先方と相談しながら10日間の旅程を組みました。
結婚式は3日もあると言う(3日3晩どんちゃんやるのか?)。そしてそのすべてに出席してくれと言う。どんな様子なのかさっぱり想像がつかず、お任せするしかなく、往復の飛行機だけ押さえたのでした。
でもねえ、私たちが行こうとしている南インドは『地球の歩き方』にも載ってないし、今ほどインターネットが発達してなかったし、情報がなくて正直なところ不安だらけの出発だったのです。唯一インド経験者は父、おそろしく頼りにならないんだけど・・・。
(地図と旅程は→こちら)
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