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2001年6月29日 大リーグ観戦(エンジェルス 対 マリナーズ) |
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| 妹宅から車で1時間ほどの所にアナハイム球場があります。 今夜、エンジェルズ対マリナーズの試合があるというので、連れて行ってもらうことになりました。ロスは昼間は暑くて半袖でいいけれど、夜になると冷えるので、フリースを借りて持っていきました。6月も末だというのに、それくらい昼と夜では寒暖の差があるのです。 ![]() とてつもなく広い駐車場に車を留め、場所を忘れないようにとみんなで周りを見回してそれぞれが目印になるものを頭に入れました。 アメリカ、特にロスは完全な車社会なので、人が集まる所は広大な駐車場が用意されているのですが、どこに置いたかしっかり覚えておかないと、私の車どこ〜とさまようことになってしまいます。 ぞろぞろ入口に向かって歩いていると、そこ、ここで「・・・イチロー・・・」と聞こえ、大リーグ1年目のイチローの活躍は日本人だけでなく、アメリカ人の間でも話題になっていることが分かります。オプショナルツアーで来たと思われる日本人グループもあちこちで見られ、「試合が終わったらぁ、ここに集まってくださいねぇー、いいですかぁ。」と添乗員らしき人が大きな声で説明していました。 球場のもぎりや場内案内係の制服は、緑のベストに白いシャツ、緑のニッカボッカに白のハイソックス、頭にはパナマ帽をかぶってとってもおしゃれです。 スタジアムの大きいこと。なにしろ私が知っている球場は、大学時代によく行った神宮球場、ドームができる前の後楽園球場、そして堀之内の古い松山球場です。まだ坊ちゃんスタジアムには行ったことはありません。えっ、話にならない? 私たちの席は内野席ではあるのですが、どうやら高い所のようで、つづら折になったゆるい坂道(楽に車2台がすれ違えるくらいの幅がある)を歩いていきました。一番上のゲートからスタンドに入り、さらに手すりにすがって急な階段を上へ上へ・・・。なんと本当に一番上の席でした。どれくらい急かというと、前のイスの背が私たちのむこうずねより下という。立ち上がるのが怖いくらいの場所でした。 グランドでは選手たちがウォームアップをしていました。豆粒ぐらいにしか見えないので、義弟から双眼鏡を借りて見ると、いたいた51番、イチローがんばれー。すると妹が「イチローは最初に出てくるよ」「なんでわかる」と言うと、ホームチームが後攻と決まっているのだそうです。 じゃんけんかなんかで決めるのかと思っていた。だって高校野球はそうでしょうに。「おまえは野球のルールは知っとるのか」と父にバカにされる始末。 知ってますよ、ルールくらい知ってますけど、正直なところ日本のプロ野球をテレビで観戦することはないのです。イチローがオリックスにいたのは知っているけど、佐々木がどこにいたのかは知らない。そんな私が大リーグの試合を見に来るのは野球が好きだからではなく、イチロー、佐々木を、そしてできたらついでに長谷川も見たいという、ただのミーハーなのでした。いいじゃあないの、そういうミーハーのおかげで日本からの観客動員数が伸びているのですから。 金曜日のナイトゲームということもあって、観客はいっぱい。試合が始まる前には全員起立してアメリカ国家斉唱。誰か女性歌手が来て歌っているようです。 試合開始、一番打者イチローの登場です。イチローがヒットで塁に出た後、マリナーズは打つこと、打つこと。とうとう打順は一巡してまたイチローが出てきました。今日の観戦はおいしいんじゃないの。いつまで続くかと思われた1回表は6点も入ってチェンジになりました。その後もイチローの活躍は続き、華麗なる守備、盗塁、絶妙な3塁線ギリギリのバントと多彩に見せてくれます。 7回が終わると観客が "Take me out to the ball game〜" と歌い出します。東京六大学の場合は7回終了時は応援歌だったけど・・・。子どもたちはバックスクリーンに映してもらおうと、一生懸命マスコットの手長猿を振り回していました。 9回には佐々木も出てきて押さえ、9−5でマリナーズが勝ちました。 驚いたのは、9回裏、負けている地元エンジェルズの応援のため、バックスクリーンに"Make noise" とか、"more"と出て、観客は「ブー」とか騒音を出して佐々木にプレッシャーをかけるのです。そんなことしていいのか、知らなかった。 試合が終わってグラウンドの整備が終わると、花火のため場内は真っ暗になりました。日本だったら「非常口」という緑の電気はついたままだと思うけれど、本当に真っ暗に電気が消されてしまいました。だから花火はとても美しく見えました。 試合も長く、花火も見たので、家に帰ると11時を過ぎていました。でも明朝は帰国。眠い目をこすりながら荷造りをしたのでした。 ![]() |
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